2017.01.29愛人4話


「主上はどうして未だに私に名前をおつけにならないのですか」
 雁国の玄英宮から戻った下僕から開口一番に言われた陽子は、目を瞬かせる。
 幾らかの間があってからようやく言葉が耳に届いたのか、陽子は景麒の顔をまじまじと見つめ返した。
「どうしてって……もうずっと『景麒』と呼んでいるのに、今更変えるのも面倒くさいだろう」
「それだけの理由なのですか?」
 淡々としているようで、景麒の表情は真剣そのものだった。
 思わずたじろいだ陽子は目を逸らしてしまう。
「と、とにかく、お前も今日は疲れただろう。もう休んで良いぞ。話は、明日聞くから――」
「主上!」
 背を向けて、執務の為に内殿の方へ戻ろうとした陽子の腕を、景麒が掴んだ。
 驚く陽子に構わずに引き寄せ、抱きしめる。
「……私は…………私は、もっと、今までに主上へとお伝えしたい事が沢山ありました。主上の為にも慶国の為にも、よりよい麒麟であらねばならないと……長い間、己に無理をさせて来ました。……けれどもう限界だと理解してしまった時に、延王を羨み、妬む気持が止まりませんでした。先程直接延王にお伝えしましたが、何もお怒りになりませんでした。延麒は……私の言うことを理解できると仰って下さりました。……私は今、より一層みじめで、そして……やはり、主上を想う気持ちが止まらないのです。貴女から今まで以上に求められ、愛されて……私以外の男の誰にも触れさせたくないと、強く想うのです。ですから……お願いです、主上。私を……赦してください」
「…………景麒……」
 腕の力が弱まり、陽子は唖然と景麒の顔を見上げた。
 暗い表情をしている景麒は、陽子の顎を軽く持ち上げて、唇を重ね合わせる。
 ゆっくりと陽子の唇を舐め、舌を潜りこませて、舌をからめとる。
 長く、深い接吻をしてから、陽子の細い腰を抱き、囁いた。
「……今宵はお覚悟下さい。長く……貴女と、繋がっていたい」
 ぞくりと背筋が粟立った陽子が反論する間もなく、景麒に抱き上げられて、正寝へ向かう廊屋を進んで行く。
 景麒の体温を感じ、彼の歩行の振動で揺られながら、陽子は瞼を閉じ、ただそっと息を吐いた。
 こうなってしまった下僕は誰にも止められないと、知っていたからだ。
 そして、
2017/01/29(11:59) | Comment:0
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