2017.01.29愛人3話


慶国の麒麟と雁国の王の密談は玄英宮の一室に場が設けられることになった。
立会人として延麒が名乗り出たがどちらからも断られた為、しぶしぶ使令を延王に隠遁させるのみに留めた。
雁の官吏はしっかり者が多いと言われる。
房室の隅まで行き届いて管理された来客用の宮は花が飾り立てられ、園林に面した大きな窓からは豊かな緑が見え、卓には酒や菓子等も並んでいたが、向かい合って座る男二人が醸し出す空気はとてもそれらを愛でるような心境では無さそうだった。
重い空気の中、一見すると延王はくつろいで酒を呑んでいたが、表情にはわずかな冷徹さすら伺える。
同じく沈黙する景麒は、茶を飲むのみに留めた上に、延王と目を合わせようともしていない。
だからといってどちらかが気を遣って喋るわけでもなく、非常に静かな時間が諾々と流れていった。


「……この度はお忙しい中、私と会う時間をお作り下さった事、感謝いたします」
ようやく景麒から言葉を発した。
延王はぴくりと眉を上げてから苦く笑う。
「こちらこそ、感謝する。まさか本当にそちらから、直接言葉を交わす場を所望するとは思わなんだ。こうして景台輔と二人きりで語るのは今までに無かった事でもあるし、まずはゆるりと寛がれよと言いたい所だが……そういう訳にもいかんだろうな」
「ええ……お言葉は有難いのですが、今日は、主上についての話で参りましたので……」
再び沈黙が落ちた。
俯く景麒に延王も急かしはしなかった。
何の言葉も交わしていずとも互いに言いたい事が多くありすぎると他人事のように思っただけだった。
「まずは謝罪を申し上げねばならないと思い、私もそのつもりで来たのですが……本当に申し訳ありません。私は……やはり未だに延王と主上の愛人関係を妬ましく思っているのです。麒麟という立場でそう思ってはならないと、主上を必要以上に縛り付けてはならないと長い間思っておりましたのに……もう私にその箍は効き目が無くなってしまいました。今はただ醜く嫉妬するばかりの男に成り果ててしまった私は……どんな言葉を、語れば良いのかも、わかりません」
景麒は眉間に深く皺を寄せ、膝に乗せた手を固く握り締めていた。
延王は淡々と酒杯を口に運び、瞼を閉じて、一つの息を吐いた。
口元だけで笑み、天井を仰ぎ見て、体の力を抜く。
そうして、声を上げて笑い始めた。
「………延王?どうなさいました?」
怪訝になる景麒に、ひとしきり笑ってから延王は言う。
「いや、なに、確かにこれでは……俺が折れるしか無いのだろうなと改めて思っただけの事でもあるし、陽子も陽子で苦労しているのだろうなと、いざ当人を目の前に言うのもなんだとは思うが、俺だけの問題では無いのだと理解すれば理解する程に、真剣に考えるのが馬鹿らしくもなってきてしまう。そこまでわかれば……俺は、待つしか無いのだろうよ。景麒と陽子が時間をかけて話し合うしかあるまい。違うか?」
「…………………」
景麒は小さく目を見開いてから、視線を伏せた。
考えるように黙り込み、ぽつりと言葉を漏らす。
「…………やはり、私が狭量なのでしょうか。主上と延王との仲が、決して悪い作用をもたらす事はないと知っておりながら……私の悋気が、お二人を認められないのです」
「九十年もそう思って堪えていたのだろう。そう考えれば、景麒なりに、陽子を思いやっていたのも理解はできるさ。俺が言うのもおかしいがな」
「……はい。」
「どうして、突然、黙って見ていられなくなったのだ?」
「……………………」
延王は穏やかに徹していた。
怒りも動揺もなく、景麒を嘲笑ってもいない。
ただひたすら静かに言葉を交わそうとしている。
「……わかりません。私は……慶の前王、予王の麒麟であった際に、慶国から女人を全て追い出そうとした彼女の姿を見ています。悋気というのがどういうものか、少なからず知っているつもりでいました。それでも……私も己を御しきれていない。そういう己に苛立てば苛立つ程に、ますます、主上を理不尽に縛りつけようとしてしまう己を抑え込む事に、疲れてしまったのかもしれません」
淡々としながらも景麒はいつもの硬い表情では無かった。
いつもと同じ無表情にしか見えないようで、その気配は、今までの景麒が持ち得なかったものだった。
「そうか……」
「恐らく、羨ましいと、思ったのだと思います。延王と主上のお二人の仲を」
「ほう?」
「……私が麒麟である以上、本来の意味での、愛し合う男女のようにはなれないのだと」
「………成る程。俺と陽子を見て、己自身と陽子との関係を比較してしまったのだな」
「はい」
「六太に説明してもらう方が早いとは思うが、俺達が同席を断ってしまった以上、俺が言うしかないのだろうな。……景麒。麒麟と王というのはな、そんなことで壊れるような繋がりではない。景麒自身も感じているように、男も女も関係ない深い繋がりで結ばれてしまっている。だから景麒も苦しんだのだろうし、陽子も俺よりお前を選んだのだ」
景麒がハッと目を見開く。
延王は、微かに口元を緩めている。
「仕方が無かろう。同業の誼(よしみ)と、胎果の生まれと、景王の登極を助けた縁。俺と陽子のあいだにもいくつも繋がりがあるが、麒麟と王は、それらを上回ってしまうのだからな。俺にも六太がいる。俺は六太によって王に選ばれ、玉座についたのだ。そう経験してしまった俺が、否定する訳にはいかんだろうよ」
景麒は瞳を瞬かせ、延王を見つめるしか出来なかった。
室に沈黙が落ちたが、居心地が悪いものではない。
暫くして景麒は俯き、考えるように目を閉じた。
「………申し訳ありませんでした。今度こそ、心より謝罪申し上げます。」
「何をだ?」
「………………」
「景麒が、俺を謀ろうと思っていない事は分かっている。俺と陽子の関係を妬み、引き離そうとしたのもお前の本音だろう。……これがもし、ここが蓬莱で、俺達が皆あちらの人間なら、このような話にはならないのだろうが、奇しくもどちらも立場があり、不老不死である以上は血を流すこともおかしいし、俺もそんなことは望んでいない」
「…………はい」
「お前は麒麟だから尚更そうだろう。俺を憎んでも恨んでも妬んでも、殺したいとは思っていないのだろう。麒麟はそういう生き物だからな」
「はい」
「陽子にはお前が必要だ。麒麟が王を求めるのと同じくな」
「………………」
景麒は言葉が少なかったが、表情は神妙で、落ち込んでいるのは明らかな様子だった。
延王は椅子から腰を上げる。 
「俺はこれでも、長すぎるほど生きてきたのでな。待つのは、苦手ではない。……お前が納得するまで、時間をかければよい。あとは六太と話すのがよかろう」
そうして席を立った延王が、室の扉に手をかけた時、景麒が言った。
「……何故、もっとお怒りにならないのですか」
延王は足を止めて、短い間のあとに振り向いた。
「怒ったところで何も変わらんだろう。……景麒と陽子がそうであるように、愛情や恋愛だけが互いを結ぶ縁ではない。……俺も陽子にそう想っている」

一人残された景麒は瞳を閉じて、息を吐いた。
延王が残した言葉を噛み締めながら。
2017/01/29(11:59) | Comment:0
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