野崎家で開かれた大学卒業を記念する飲み会は酒乱の騒ぎ場と化してから話題のターゲットは野崎と千代の夜の営みに移り、暴露した千代によって反省会開催決定で連行された野崎が堀先輩に懇々と説教される話。

のざちよ&堀鹿&若瀬尾&みこりん
の7人の下ネタギャグ話。
後半はひたすら野崎と堀先輩の会話。長いです。
「――佐倉!ローションプレイをしよう!!」

「……ぶふぉっっ!!」

とてもいい笑顔でリビングに入ってきた野崎の言葉に飲んでいたジュースを噴き出したのは佐倉千代本人ではなく、その隣に座る御子柴実琴だった。

「みっ、みこりん大丈夫!?」

御子柴の服にまで飲み物が垂れてしまい、佐倉がテーブルの布巾で彼を拭いてあげる。

「……だっ、大丈夫……げほ、がほっ……!」

気管支に入ってしまったのか噎せている御子柴の背を佐倉が撫でていると、向かいに座る若松博隆が能天気に野崎へ言った。

「野崎先輩、ローションプレイなんてしたいんですか?あれ俺やってみましたけど、ぬるぬるしてめちゃくちゃ危ないですよ!」

野崎を心配しているのだろうが、真剣に言う若松に誰かが突っ込む前に、若松の隣に座る瀬尾結月が幾度も頷いた。

「そうそう。私もちょっと興味本位で若と試したんだけどさ、滑るし危ないし、体動かしづらいし、終わってから洗い流すのめんどくさくてほんと参っちゃったよ。だから千代、やめとけって。」

まだやるとは言ってない千代にまで瀬尾が具体的に助言すると、今度は瀬尾の隣に座るイケメン王子(女子)の鹿島遊が興味深そうに瀬尾へと聞く。

「へー、せんせー実際に試したの?いいな~。私も堀ちゃん先輩とローションプレイしたい!」

「……ぶふぉっっ!!」

元気に手をあげて宣言した鹿島に、鹿島の隣に座っていた堀政行が飲んでいたビールを噴き出す。

「あーもう先輩、汚いな~」

テーブルに零れたビールをせっせと鹿島が拭くと、噎せながらも早めに復活した堀はじろりと鹿島をにらんだ。

「……お前、こういう所でそういうコト言うなって俺が前にも言ったろ!?今日はお前らの大学卒業を記念して野崎ん家で開いた飲み会だろうが!?」

「いやだって、その主催の野崎が言ったんじゃないですかセンパイ。今日はそういう話題もアリってことでしょ?」

痛いところを突かれた堀はぐっと言葉につまってから、ぐるりと首を動かして、ちゃっかり佐倉の隣に腰を下ろしている野崎を睨みつける。

「……野崎、お前な。いくら佐倉と付き合えるようになってめでたく云年も経ってもう結婚間近まで来てるとは言え、ちょっと浮かれすぎじゃないのか。つうか、まず御子柴を気遣えよ。御子柴を!!」

噎せるのは止まったものの、テーブルの隅っこでうんざりしたように座っている御子柴を掘が指差すと、野崎も気がついたように、ハッと目を見開く。

「そっ、そうですよね!俺、無神経でした、ごめんなさい!!御子柴、お前も一緒にローションプレイをやろう!!」

「「「……なんでそうなるんだ(そうなるの)!!!」」」

叫んだのは堀と御子柴と佐倉も含まれていた。

佐倉は他人事ではないどころじゃないし、御子柴からしたらありがた迷惑以上の迷惑である。

「っつうかなんで俺がお前らと3Pするんだよ!!三次元はお断りだっつってんだろ!?」

御子柴はすごみながらも涙目だった。
その場にいる野崎以外の全員が彼に内心で同情の視線を送る。

「千代は二次元以上に可愛いから大丈夫だ!!」

こちらも勢いで負けてはいないが論点があさっての方向へと飛んでいた。

「ちょ、ちょっと待って野崎くん!!みこりんの気持ちも考えて……じゃなくて私の気持ちも考えてよ!!」

ついに張本人である佐倉が泣き出しそうに叫ぶと、なぜか鹿島が口を挟む。

「そうだよ野崎。千代ちゃんの体の大きさ考えたら、野崎より45cmも背が小さいんだよ?さらに横幅も小さいから、そんな体にローション塗りたくって、野崎のでかい体を洗うのは大変に決まってるじゃん!私は野崎んちのローションプレイはんたーい!」

「お前はズレた突っ込みすんな!!つうか具体的に言うな!」

やはり手を上げて反対宣言する鹿島に慌てて堀が突っ込むと、鹿島はなぜか目をキラキラさせて堀を見た。

「先輩!それに比べて私達は絶対大丈夫ですよ!だって私のほうが背大きいですし、胸はないけど逆にそのほうが動きやすそうだし、さらに逆に先輩のほうが泡姫にだってなれるじゃないですか!!」

『堀政行にはお姫様(可愛い女の子)になりたい願望がある』とまだ勘違いしているのか、力強く言う鹿島に、堀は額に浮かべた青筋をブチリと切れさせて、履いていたスリッパを脱いで鹿島の頭へと振り下ろした。

――スパーン!

「いたーーーい!!なんてことするんですか先輩!」

そうしてああだこうだと喧嘩し始めたバカップルを残ったメンバーで眺めていると、瀬尾がぽつりと言う。

「いやだからさ、ローションプレイはおすすめできないって私言ったじゃん。お前ら話聞けよ」

炙ったするめをかじって日本酒を飲みつつぼやく瀬尾の渋いチョイスはともかく、若松がそれに賛同するように頷く。

「そうですよ野崎先輩!大体、野崎先輩のところは俺達と違っていっつもラブラブじゃないですか!佐倉先輩の何が不満なんですか!?」

「いや不満なんてあるわけ無いが。それより若松、お前さっきから飲みすぎじゃないか?ウイスキーの氷割りはやめておいたほうが……」

若松は酒に強くも弱くもない普通のほうだ。
一体いつの間にウイスキーの瓶をコップへ傾けていたのか、彼が手に持つウイスキーの瓶はもう残り僅かとなっている。

「だーいじょうぶです!それより、野崎先輩は佐倉先輩との性生活が心配なんですよね!?それなら俺の話も聞いてくださいよ!!もう瀬尾先輩ったらひどいんですよ!俺が嫌がってるのに首輪をつけたり手を縛ったり足を縛ったり目隠しされたりオモチャ入れられたり……っ!」

完全にヤケ酒となっている若松は瀬尾本人が横にいるにも関わらず明け透けに愚痴ってはテーブルに突っ伏して泣き出す。

「いや、若松も俺の話を聞いてくれ」

という野崎のツッコミは華麗にスルーされて、今度は佐倉が瀬尾へと恐る恐る聞く。

「ゆ、結月……若松くんにそんなことしてるの?」

「えー、そんなことって?なーに?」

結月も順調に日本酒の杯を重ねていた。
酔っ払い第二号となった結月は面白そうに千代の質問をはぐらかす。

「いや、だからその、首輪とか、目隠しとかオモチャとか、そういうの……」

恥ずかしそうに口ごもる千代を楽しそうに見ながら、結月はあっさりと頷く。

「うん、やってるよ。だってさー、若が泣いて嫌がるのって超面白いんだよね。それになんだかんだ言いつつちゃんと勃ってるし、最後まで中折れしないし、日によっては私のほうが襲われたりもするんだから、ぜーんぜん大丈夫。つうかこいつも結構ひどいんだよ?あんたらの前では猫かぶってるだけだってー」

「……ゆ、結月………」

「………若松………」

夜の事情とさらに皆が知らない若松の本性まで暴露する瀬尾に、野崎家(予定)の二人は驚嘆とも呆れともつかない視線を送って黙り込むしかなかった。

そこで、テーブルの隅っこでちまちまと焼酎を飲んでいた御子柴が、小さく呟く。

「……お前ら、俺がいること完全に忘れてるだろ。つうか俺なんで呼ばれたわけ。なんでこんな三大バカップルのど真ん中に一人身の俺が無残にも投下されてるわけ。こんなんならここに来ないで真由と遊んでりゃよかった……」

悲壮感たっぷりの背中に、思わず佐倉も御子柴にかける言葉を失ってから、思いついたように手を叩く。

「そ、そうだ!野崎くん、真由くんもここへ呼ぼうよ!真由くん成人してたよね?お酒飲めるじゃん!」

みこりんの為と、今のこの空気を打ち壊すにはもってこいと思っての佐倉の提案に、なぜか野崎は力無く首を横に振った。

「……いや、真由はやめておこう。あいつ酒飲むと……」

「え、真由くんお酒弱いの?」

「違う、逆だ。強いんだ。酒には強いんだが……酔っ払うと、すごくしゃべるんだよ。普段思ってても口に出さないようなことまでぺらぺらぺらぺらぺらぺらと朝まで休まず。俺、あんな真由にはもう耐えられない……!!」

「…………の、野崎くん……」

筆談までしだすほど無口な真由(可愛い弟)のそのギャップには耐えられないと、すでに身をもって体験してしまったらしい実兄野崎梅太郎は頭を抱えてうずくまる。

佐倉はそんな野崎と、まだ喧嘩している堀鹿島と、泣きながら愚痴ってウイスキーを飲む若松と、一人マイペースに日本酒を傾けては勝手につけたテレビのお笑い番組を見て笑っている瀬尾と、焼酎を飲みながら現実逃避で床に指でのの字を書いている御子柴を交互に眺めておろおろしていると、急に瀬尾が佐倉へと話題を振った。


「つうか私と若だけじゃなくてさ、千代んとこも暴露しちゃってよ。ぶっちゃけ野崎ってどうなの?上手いの?でかいの?」

「……瀬尾ーーー!!!」

核心を突きすぎてる質問に佐倉が答える前に、うずくまりから即効で復活した野崎が瀬尾を止めるように叫んだ。しかもその手にはいつの間にか封が空いた赤ワインの瓶が握られている。

「千代にそういうこと聞くな!俺が傷つくから!!」

「いや、だって主賓のあんたが話すべきじゃね?この飲み会って千代と野崎の結婚前祝いでもあるんでしょ?せっかくだから本当に結婚する前にそういうわだかまりはほぐしておいたほうがいいって、絶対に。」

何かのアドバイザーのように真剣な目で言う瀬尾だったが、面白がってるだけなのは誰の目にも明らかだった。

「……い、いやでも、その……」

真剣さに押されたのか、それでも躊躇う佐倉に今度は若松が発言する。

「はいはーい!俺もそのほうがいいと思います!佐倉先輩、どんどん言っちゃってください!ベッドの上での野崎先輩への不満を!!」

「なんで俺に不満があること前提なんだ!?若松、お前俺に恨みでもあるのか!?」

「だってローションプレイしたいってことは佐倉先輩との営みがマンネリなんでしょう?」

今この場では一番の酔っ払いであるはずの若松は急に冷静になって核心のど真ん中を突いた。
野崎は思わず言葉に詰まるが、すぐに言い返す。

「だからそれはマンネリじゃなくて、俺がしたいだけなんだ!マンネリになる暇なんて無いくらい、ベッドでもベッドじゃなくてもどこでも俺と千代は順風満帆ラブラブ安泰将来絶対安心、だからっ!!」

「………野崎くん、絶対酔っ払ってるよね……」

赤ワインを瓶のままで煽っては叫ぶ野崎に、その奥さんになる予定の佐倉は彼の言葉に喜ぶより先に、冷静に今の彼の状態を指摘した。
そういえば『つまみが足りないから』と近所のコンビニへ買出しに行く前から、すでに彼はワインの瓶を半分以上開けていた。
帰ってきた時点のあの台詞からすでにもう素面(しらふ)ではなかったのだと今気づいたがもはや手遅れだった。

そこでようやく喧嘩を終えた堀と鹿島がテーブルに戻り、各々ビールを飲みながら、鹿島がダン!とコップをテーブルへ置いて言う。

「そうだよっ!野崎と千代ちゃんはもう結婚するんだからいいじゃん!!私と堀先輩はいつ結婚できるわけ!?ねえ先輩、いつなの!?」

「え、ええええ!?」

この場には酒乱しかいないのか。
酔っ払うと普段思ってても言えないことを口にしてしまうのは真由くんだけではなかった。

「い、いやそれは……」

「先輩私のこと好きだよね!?やっぱり本当は嫌いなの!?」

鹿島は何をそんなに追い詰められているのか。
付き合い始めてから四年が経とうとしている彼氏堀政行へとぐいぐいと押し迫る。

「いや嫌いじゃねーけど、むしろ大好きだけど……」

普段は聞かれないことと鹿島の迫力に押された堀はうっかりと本音を漏らした。

「じゃあいいじゃん!先輩、私達も結婚しましょう!私もう大学卒業しましたし、就職先も決まりましたから!」

「あ、ああ。わかった、わかったから、け、結婚しよう。……でも俺あんま稼ぎ高くねーし、そんな良い暮らしできねーぞ?」

「大丈夫です!私の先輩への愛があります!私、結婚したら絶対に良い奥さんになって、堀先輩が大好きなラーメンたくさん作って、堀先輩が着たい可愛い服たくさん作りますから!期待しててください!!」

「お、おう……き、期待してるわ。」

結婚へ踏み切れなかった堀なりの理由はあっさりと器がでかい鹿島に受け入れられて、さらにいろいろと奉仕宣言をされるがその中に混じる『可愛い服たくさん作る』が何を意味するのかをツッコむこともできず、酔っ払い第四号の鹿島の勢いに押されて堀はコクコクと首を縦に振った。

「ひゅーひゅー!おふたりさん、お熱いねぇ!」

その時、そんな二人へ茶々を入れた瀬尾の肩をその横に座る若松が、がっしりと掴んだ。

「……瀬尾先輩。俺たちも結婚しましょう。そうすれば、瀬尾先輩も少しは俺に優しくなりますよね!?だって結婚すると人は変わるってよく言うじゃないですか!?」

「え、いや、私はいーよ。結婚なんてめんどくさいじゃん。あたし家事とか嫌いだし。それに私が優しくないのは若への愛情だから。安心しろって、な?」

まだ大学三年生の若松の無茶な申し出を瀬尾は淡白に断って、さり気ないドSで若松の頭をぽんぽんと叩いて言い聞かせる。

「安心できないですよ!瀬尾先輩、大学でもけっこうモテてたでしょう!?今度は就職して、俺の目の届かないところで、どんな男に引っ掛けられちゃうんですか!?どんな野郎と浮気するつもりなんですか!?」

「いや、浮気なんてしねーよ。お前それ何回言ったらわかるの。あの時もその時も全部男友達だったんだってば。いい加減分かれって。な?」

「でも……!!」

泥酔に近かった若松はついに瀬尾の胸に顔をうずめて泣き出した。
二人の間で何度もなく繰り返されたでろうやり取りを口にした瀬尾は慣れたように若松の肩を叩いて宥める。

そんな彼らを見て
(……男友達の多い彼女を持った彼氏って本当に大変なんだな……)
と野崎と堀は心で思ったが、賢明にも口には出さなかった。




「大丈夫だよ若松くん!君のせんせい(結月)への思いはきっと通じて、いつか私みたいに結婚できるから!!結婚への道は忍耐あるのみ、だよ!」

ビールの缶を握って先程から勝利の酒を飲んでいる鹿島が、若松へと高らかに言い放つ。
(……それ、逆じゃね?)
と誰もが思ったが、ドMの彼らにはそれで通じたらしかった。

「そう、ですよね!俺、これからも頑張ります!!」

若松はぐっと拳を握って、鹿島へと感謝の視線を送る。
ドM同士の励ましあいを黙って見ていた瀬尾は手で頭をかき、一つ息をついてから、千代へと振り向いた。

「……で?あんたんとこはどうなの?野崎と上手くいってるわけ?特に夜について。」

話題を戻して、さり気なく最後を付け足した瀬尾の鋭い視線に、佐倉はあわあわとうろたえてから、ちらりと野崎の横顔を窺う。

すると彼は、もはや判決を待つ罪人のような重い表情で、黙ってワインを飲んでいた。

「う、上手く行ってると、思うけど……」

その様子を窺いつつ当たり障り無く答える佐倉に、瀬尾の視線が光る。

「そんな曖昧なのじゃなくってさ、もっと具体的に言ってよ。不満、あるんでしょ?」

「だからなんで不満があること前提――もがっ」

我慢できず反論しようとした野崎の後ろから、若松が野崎の口を手で塞いだ。

「わっ、若松お前、どっちの味方なんだ!?」

「俺は佐倉先輩の味方です!だからすいません野崎先輩、ここは犠牲になって下さい!」

「……ぶふぅっ!!」

鹿島との一騒ぎも終わり、あとに残るは野崎佐倉カップルだけとなった場の話題を、我関せずとビールを飲んでいた堀が、若松の言葉に噴き出す。
なんて的確な表現だろうと思ったからだ。
こぼれたビールをせっせと拭く鹿島を横目で見つつ、もしかしてすでに奥さん気分で俺の面倒を見たいだけなんじゃないかこいつと思いながら、若松瀬尾コンビに押される野崎佐倉カップルの様子を息を呑んで見守ることを決意する。

「不満っていうか……その、あの……」

「ほらほら言っちゃいなよ。今なら本人も聞いてるし、改善してくれる可能性大だから!」

「もが、もがもがっ……!!」

バスケ部出身で大学でもスポーツ系サークルに所属する若松の筋力は今の野崎に負けず劣らずだった。
何か言おうとする野崎を押さえ込んでいる若松に、瀬尾は心の中で強くGJを送る。

「その……セーラー服を着たりとか、他にもいろいろ着たんだけど、それからシ、シチュエーションプレイ?って言うのとか、あとエッチな動画見ながらもやったし、それと、恥ずかしい台詞言わされたりとか、前戯が長かったり本番が長かったり後戯が長かったり、その逆だったり、あ、あと目隠しは私もやったよ。かなり前にだけど。縛るのもよくあるよね。跡つかないように綿を挟むけど。それから手コキ、足コキと素股でしょ。これは私も嫌いじゃないんだけど、まだ慣れないっていうかフェラは正直好きじゃないんだよね、顎が疲れるし。イラマチオは無理だったから諦めてもらったし。鏡を見ながらは恥ずかしいからやめてもらったし。あ、あとやっぱり場所は普通にベッドの上がいいよね。ここでは言えない場所で試したけどハラハラするばかりで集中できなかったよ。でも、基本的には優しいんじゃないかな。野崎くん以外の男性を知らないからよくわからないけど……」

もじもじと俯いていた佐倉だったが、瀬尾と若松がセッティングしてくれた状況の空気についに流され、言い始めたら止まらなくなったのか一息に言い切ってそうつけ加えた。



しーんと、水に打たれたように静まった室内で、すでに隅っこに寝転がって皆へ背を向けて携帯ゲーム機で一人遊んでいた御子柴の両耳にはしっかりと耳栓がされ、彼が遊ぶゲーム機のボタンを押す音だけがむなしく響く。

聞いた本人の瀬尾すらも考えるように俯いてから、ぽんと、千代の肩に手を置いた。

すでに若松から野崎への拘束は解かれていたが、どちらも固まるように動かない。

「……ごめん、うちはまだ甘かったわ。千代、あんた凄いよ」

「え……そう、かな?」

急に褒められて、佐倉は少しだけ嬉しそうに首を傾げる。
その無邪気な動作に、堀と鹿島すらかける言葉を見つけられずにいた。

「うん、凄い。この私が言うんだから間違いないわ。あんた、よく頑張ったよ」

真顔で言われて、佐倉はなおも首を傾げてから、えへへと照れたように笑った。

「……あ、あと野崎。これからお前とうちらで二次会という名の反省会な。堀先輩と鹿島にも参加してもらうから。千代は来なくていいよ。ちょっと話長くなるから、先に寝てて」

「えええ!!!??」

笑顔で野崎に死刑判決を出した瀬尾は、佐倉へは優しく微笑んでから、若松と堀と鹿島にも絶対参加を促す意味でそれぞれに視線を送る。

「あ、若。ちょうどいいからそのまま野崎が逃げないように離すな。じゃ、行こっか」

立ち上がった瀬尾の酔いはとっくに冷めていた。若松、堀、鹿島も、酔っ払ってる場合じゃないせいなのかどちらも青い顔で互いを見る。

「いやー……俺は、ちょっとこのあと用事が……」
「あ、わ、私も!ほら、堀先輩と結婚するし、いろいろとほら、お嫁さん修行とかしなきゃ、いけないし……?」

参加を辞退する彼らに瀬尾はにっこりと笑う。顔立ちが良い瀬尾が綺麗に微笑むと、それは凄みのあるものになるとその場の者全員(御子柴以外)が知りながら。

「参加、するよね?」

たった一言と、固く握られた彼女の右の拳を見せられただけで、その場全員(佐倉と御子柴以外)がKOした。

「……………………………はい。」

ドナドナド~ナ~ド~ナ~♪の瀬尾の歌声を今こそBGMとして流すべきだと思いながら、若松は、微動だにしない野崎の体を堀と共に担ぎ上げる。
堀は抵抗しない野崎の心中を知りつつも、心の中で同情しながら
『許せ野崎!でもお前、アレは無いわ……』
と佐倉の暴露の中での彼の放蕩ぶりに、若干引いていた。





「……あ、あの、結月。野崎くんにひどいこと、しないよね?」

もうすぐ夫となる野崎が連行されていった(若松と堀と鹿島と共に部屋から出て行った)あと、最後に玄関から出て行こうとした瀬尾に佐倉は心配そうに尋ねる。
瀬尾はちょっと考えてから、ぽんと佐倉の頭に手をのせた。

「そんなんしないって。ほら、今の私って平和主義だし?ただちょっと言葉で説教するだけだし、場所も近くのカラオケ店だから」

「……本当に?」

「ほんとうに、本当だよ。だって千代、あんなんでも結婚するんでしょ?あんたって根性あるからさ、一度決めたこと途中でやめたりしないし」

「………うん」

「だったら、野崎はいいからさ、自分のこと心配しなよ。尽くすのも大事だけど、相手に尽くされることも覚えないとさ、千代がきついんだよ?」

「……………でも、」

「でも?」

「野崎くん……ううん、梅太郎くんは私のことすごく大事に想ってるの、わかるの。本当はもっと早く結婚したがってたのに、私が大学卒業するまで待ってくれたし。それに、梅太郎くんも大学行くことになったのは、私と一緒に居る時間を増やしたかったからなんだって。……まあ、漫画のネタ集めに必要だからとも言ってたんだけどね」

野崎の本来の高校卒業後の進路は漫画家一本に絞った就職だった。
だがなぜか彼は三年生になってから大学進学を決めた。
逆にそのほうが自然なので、誰も疑問を持つことがなかったが。
野崎の本業が漫画家であることを既に佐倉から聞いて知っている瀬尾は黙って佐倉の話を聞いていた。

「でも、学業と漫画家との両立って見てるだけでも大変そうなのに、更に堀先輩が大学とアルバイトと就職で忙しくて殆ど手伝いに来れなくなっちゃって、代わりに若松くんが背景の描き方を勉強して手伝ってくれたりとか、新しいアシスタントさんも来たりしたんだけど、前よりも原稿仕上げる時間が増えたのには変わらなくて、みこりんも私も今まで通りにしか手伝えなかったし、それなのに、梅太郎くんが弱音吐いてるのって私聞いたことなくて……」

「………だから?」

瀬尾は腕を組んで話を聞きつつ、先を促した。
未だに実年齢通りには見えない佐倉の、固く胸の前で握られた小さな手を見ながら。

「だから、私にできることって何かなって思ったら、ちょっと無茶だなと思えるコトでも断れなかったの……。それに、梅太郎くんが嬉しくて満足してくれるなら、私、それだけでよかった。大変なときもあったけど、でも私は、梅太郎くんにとっての私の代わりができるなんてことは、絶対にイヤだったから……」

瀬尾は片目をつぶり、片目でそんな佐倉を見下ろして、息を吐き出した。
佐倉の頭に手をのせて、わしゃわしゃと撫でてから、言う。

「野崎もそうだけどさ、千代も独占欲強いよね。べつにあんたらで好きにしていいけどさ、もうカップルじゃなくて、結婚したら夫婦になるんでしょ?だったらもっと落ち着きなよ。私と若みたいにさ、いい加減にしておいちゃダメなことあるんじゃないの?」

「………え?」

「そういう気持ちをさ、ちゃんと野崎に言いなよ。千代の口からさ。私、そんなの野崎に教えてやるなんて絶対イヤだからさ。だから千代が教えてあげなよ。」

戸惑う佐倉に、瀬尾はなおも言った。

「若松もそうだけどさ、私を他の男にとられたくないって言うんだよね。男友達と遊んでただけなのに、あとですごい勢いで責められることなんてしょっちゅうだよ。別に私は何もやましくないから言い訳するのも馬鹿らしいし、もうそういう若も慣れちゃった。でもそういう若のほうが普通なんだって、あんたと野崎見てると思うよ。私は、若がもし浮気しても許しちゃうと思うからさ」

「……なんで?」

素直な疑問を口にした佐倉に、瀬尾は肩を竦めて答える。

「さあ?でも、二~三人くらいまでなら許すつもりだよ。もし結婚してもね。さすがにそれ以上は止めるけどさ。だってあいつ、私にべた惚れすぎるんだよ。私も若を好きだけどさ、このまんま若にとっての彼女は私だけでいいのかなって思うじゃん?」

「……結月は、変わってるよ。私、そんな風に考えたこと、なかった」

落ち込むように俯いた佐倉に、瀬尾もおどけたように続ける。

「だろうね。私もそう思うし。だけどさ……私、千代には本当に幸せになって欲しいから。だから、そんな、野崎の馬鹿げた要求なんて聞かなくていいんだよ。千代がそれでいいならいっかってずっと思ってたんだけどね」

「……結月………」

「野崎とあんたと、どっちがどっちをどれだけ信じてないのかなんて、私が口挟むことじゃないけどさ、あんたら誰から見てもラブラブなバカップルなんだし、結婚してからもそうなんでしょ?だったら本当にラブラブになりなよ。我慢しなくてもいいこと我慢して擦り減ってるのは千代のほうなのか、野崎のほうなのか、もう千代だって本当はわかってるんじゃないの?」

「…………………」

言い過ぎだと知りながら、瀬尾は最後まで言葉を止めなかった。
今にも泣きそうに言葉を失った佐倉が、それでも自分から視線を外さないのを真っ直ぐに見返して、瀬尾は千代の肩に優しく手を置く。

「今日の飲み会じゃ誰も言ってなかったけど、みんなあんたらの結婚を祝福してるんだよ。で、私はなんでこんな余計なこと言ってるのかっつーと、絶対に離婚なんてしないだろう千代に、ちょっと釘を刺しておきたかったの。あんたが、我慢できなかったらとっとと離婚するようなタイプだったら、私もこんなん言わずに済んだんだけどね」

佐倉は目を見開き、幾度も目を瞬かせてから、服の袖ですでにこぼれていた涙を拭いた。
そして顔を上げて、言う。

「……うん。わかった。私、結月の言ったこと忘れないから。だから……ありがとう」

最後に微笑んだ佐倉に、瀬尾はぽりぽりと頭をかいてからくるりと背を向ける。

「じゃあね。野崎は朝になったらここに帰すから。なんかあったら携帯にメールか電話して」

「うん」

そうして男より男らしく瀬尾は野崎のマンションから出て行った。








一人残された佐倉がリビングへ戻ると御子柴が起き上がったところだった。

「あ、もしかしてもう終わってた?わりー、俺ぜんぜん気づかなかったわ」

耳栓を外しつつ聞く御子柴に、佐倉は我知らずホッと息を吐いてから、御子柴へ近づく。

「うん。みんなは二次会でカラオケ行くんだって。私は行かないから、残ったけど」

「え、なんで?佐倉も行きゃよかったじゃん」

先程までの修羅場と事情を全く聞いていなかった御子柴は能天気にそう返す。

「うん。でも結月とみんなで野崎くんにお仕置きするらしいから、私がそこにいちゃ駄目なんだと思うよ」

「………はぁ!?野崎にお仕置き!?」

「うん」

散らばっているビールの缶や酒の瓶、つまみの袋などを拾いながら答える佐倉はどことなく楽しそうだった。
いつも野崎大事な佐倉にしてはそれは珍しい態度で、御子柴は呆然としてから、ハッとしたように彼女を手伝って、みんなが散らかしていったあとを片付け始める。

「お仕置きって……野崎のやつ、今日なんかしたの?」

中盤からずっと飲み会を放棄してゲームをしていた御子柴は一体何を想像したのか、びっくり箱を開けるように佐倉へたずねる。

「ううん。今日は何もしてない。どっちかって言うと何かしたのは私のほうじゃないかな」

「……は?」

思考が追いつかない御子柴に、佐倉は彼と共に要領よく片付けて行きながら、最後にテーブルを布巾で水拭きする。

「ええっとさ……もしかして、佐倉、野崎になんか怒ってんの?でもお前ら結婚すんだろ?」

黙って作業し続ける佐倉の背中から何かを感じ取ったらしい御子柴が、それでも呑気に聞くと、佐倉も笑顔でうなずく。

「うん、結婚するよ。婚姻届もう書いたし、来月の私の誕生日3月27日に届けてくるから」

「あ、そう……」

すでに野崎と佐倉は半ば同棲している状態だったし、御子柴と彼らの仲の良さもずっと変わらずに今日まで来たので、結婚すると聞いても御子柴には実感がわかないと言うより、今までと何が変わるわけでもないと思っているのが本音だった。
ただ、二次会に行かずに残った佐倉のいつもと同じ笑顔を、どうして今怖いと感じたのかがわからず、心に棘が刺さったように落ち着かないまま、そわそわとする。

「みこりん、今日泊まってく?野崎くんは朝にならないと戻らないから、ベッドでもここ(リビング)でも好きなところで寝ていーよ」

「うーん、どうすっかな……」

佐倉はどこで寝るんだと思いつつ、少し悩んでから御子柴はリビングの床を指差した。

「じゃあお言葉に甘えて、俺、ここで寝るわ。ベッドは佐倉が使えよ」

「うんわかった。布団出してくるね」

寝室へ入って行った佐倉は布団を手に戻ってくる。
テーブルを端へ寄せ、敷き終わると、御子柴はそこにどっかりと腰を下ろしてから、じっと佐倉を見つめた。

「……み、みこりん?」

眉間に皺を寄せた御子柴に間近で見られ、佐倉がたじろぐと、御子柴がぼそりと言う。

「……もしかして怒ってるのってさ、さっき言ってた『ローションプレイ』のことか?佐倉、そんなんやってあげなきゃ済む話じゃねぇの?」

御子柴なりに苦手な話題に足を突っ込みながらも佐倉の怒りの元を探る様子に、佐倉は驚いたように目を丸くする。

「………え、あ、違うって言うか、違わないって言うか、そのでも、私それ断るつもりだったし……」

「そうなの?でも佐倉のことだから、野崎に本気でお願いされたら断れないんだろ?」

さすがに御子柴は佐倉達のことをよく知っていた。

「う、そ、それはその……」

言葉に詰まる佐倉に
(図星なのかよ……)
突っ込みつつ、呆れたように頭をかいて息を吐いた。

「……二次会で何のお仕置きしてるのかやっとわかってきたわ。俺も言ってやりたいけど、今日はいいわ。だってまだ瀬尾も若松も鹿島も堀先輩もいるんだろ?そんな中に放り込まれたら今度は俺のほうが料理されかねねぇし」

「………み、みこりん……」

見事に料理されたメンバーの一人である佐倉は何も言えず、御子柴の近くにすとんと腰を下ろす。

「つうかもう12時過ぎてるじゃん。風呂、どっち先入るんだ?」

野崎のマンションへのお泊りは佐倉もOKとなったのは大学に入ってからだった。
慣れてる御子柴は欠伸をしながら何気なく佐倉に聞いた。

「あ、まだ浴槽にお湯入れてないよ。シャワーでいいなら、みこりん浴びてきなよ」

「そっか。じゃ、先入るわ」

「うん、タオル置いとくから」

「サンキュー」

佐倉も慣れたように返して、浴室へ入った御子柴を見送ってから、
これではまるで御子柴と自分まで夫婦みたいだと思いながら、それが当たり前だったこの四年間を思い出す。
佐倉が泊まる日には若松と堀のほうが気を使って泊まらないのに、御子柴は何も思わないのか、当たり前のように泊まっていた。
逆に佐倉と野崎が気を使い、女子会のようなお泊り会をよく三人でやったことを思い出して、くすりと笑ってから、ふと左手に目を落とす。
薬指には可愛らしい指輪がはめられて、それをじっと見つめてから、右手の人差し指でそっと触れて、ぎゅっと右手で左手を握る。

「……みこりん、ありがとう」

本人がいない場でひとり呟いて、
佐倉が野崎との仲を維持できて無事に結婚まで辿り着いたその功労者の一人であることが間違いない御子柴実琴への感謝と、これからも変わらずに彼との友情が続くことを祈って。











深夜のカラオケ店にて。

「……俺、何が悪かったんですかね。千代にあそこまで言われるなんて……」

一人遅れてきた瀬尾は野崎を正座させてくどくどと説教してから、何曲か十八番を歌い、眠ってしまった若松の隣に座って彼と共に寝入ってしまった。
寝たくとも寝れずに重い空気の中でヤケ酒を飲んでいる堀は、もはや何に落ち込んでるのかよくわからない野崎の話をしんみりと聞いていた。
鹿島はヤケ食いも含めてるのか単に腹が減ったのか追加のスパゲッティを内線の電話で店員へと頼んでいる。

「いや、何が悪かったっつーかさ……瀬尾も言ってたけど、いくら頼めばやらせてくれるからって、佐倉になんでもかんでも卑猥なプレイさせたのが悪いんじゃねーの……」

瀬尾の説教が明け透けだったせいか、堀も頭が麻痺してきていた。
堀としては正直野崎達の性生活に口など出したくないのだが、この場に起きてるのが野崎と鹿島と自分の三人しかいない以上、適当に話を合わせる以外にすることがない。

「そうだよ、野崎。千代ちゃん小さいんだしさ~。あんま無理させちゃ駄目だよ。私だってイヤなときははっきりイヤって言うんだから!」

「………鹿島……」

瀬尾の言葉を濁さない説教に頭が麻痺したのは堀だけではなかった。
だが、まず間違いなく余計なことをこれから言い出すであろう鹿島を止める元気も、堀にはもう残っていなかった。

「目隠しとアナルとSMとお風呂Hは私もやったからいいとしてさ、やっぱヤるなら家の中にしなよ。青姦は危険だって!」

「………………」

……もうなんでもいいや。その時の堀は心からそう思った。
暴露されれば自分達も野崎達とあまり変わらない、いやある意味それ以上だったと客観的に冷静になりながら。

「あとフェラチオが嫌いだってはっきり言ってたじゃん。イラマチオは諦めたの?私、練習したらできるようになったけど、やっぱ千代ちゃんの口小さいんだね。あとなんだっけ……鏡と動画だっけか。私もそれはイヤ、かな~。うーん、どうだろ……」

真剣に考えだした鹿島は放置して、堀はごほんと咳払いしてから、野崎の前に置かれている空のコップにビールを注ぐ。
もうこうなったら三人とも飲みつぶれるまで行くしかない。そう心に決めて。

「まあもういいから飲めよ。やっと佐倉と結婚できるんだろ?俺達も今日勢いで結婚決まっちゃったけどさ、お前らずっと同棲してたっぽかったのに、けっこう時間かかったよな。やっぱ佐倉の希望なのか?」

「………そう、ですね。卒業してから野崎千代になりたいと、千代が言ってたので」

力無くも注いでもらったビールを飲みつつ野崎は答える。
彼女への呼び方が『佐倉』から『千代』に変わったのはもう何年も前からなので、堀も誰もツッコもうとしない。

「お前はこれで漫画家一本に絞れるけど、佐倉は就職したんだっけか。専業アシスタントってわけじゃないんだな」

「はい」

淡々と答える野崎に、堀はもう次の話題を見つけられずにいた。
順調に減っていくビールの空瓶だけが増えて、鹿島は我関せずとスパゲッティやケーキを食べている。

「……でもさ。なんで我慢できなかったんだ?」

「先輩?」

ついに漏らした疑問になぜか鹿島のほうが反応する。

「いや鹿島に言ってねぇから。お前は黙って食べとけ。我慢しなくていいから」

「あ、はい!食べます!」

深夜のテンションで頭の回らない会話を交わしてから、堀はちらりと野崎を見る。
真面目なんだか真面目じゃないんだかよくわからない性格をしている彼の本性が佐倉の発言によって皆に垣間見えたことすら、堀としては別に野崎への印象が下がったわけではないのだが、確かに、その放蕩の相手が『佐倉千代』だというのは、わかるといえばわかるし、野崎の性格を考えたら逆にわからないとも言えた。

「……なんで、ですかね。でも、やっぱり千代が可愛いからじゃないですか。先輩だって鹿島のこと可愛いでしょう?」

「え……俺!?」

堀が漏らした疑問の意味を野崎が掴んでいたことに驚くより、矛先を向けられて堀はたじろぐ。

「そうだよ!堀先輩は私が可愛くて可愛くて仕方ないんだから!可愛い後輩の座は二度と野崎には渡さないからね!」

いつの間にやらビールの空瓶を増やすことに一役買っていた鹿島はジョッキをぐいと煽って、テーブルに足を乗せて、野崎へと言う。

「いやお前は黙っとけ。あと危ないからソファーの上に立つなって」

ふらふらとしている鹿島を座らせてから、堀は二度目の咳払いをする。

「あー、いや、確かに俺は鹿島が可愛いよ。なんたって顔が好みだし、足も綺麗だしさ」

「……先輩!」

嬉しそうに顔を輝かせる鹿島はスルーして、堀も顔を赤らめつつ続ける。

「だからやっぱ鹿島と二人きりでそういう気分になってくるとさ、俺も鹿島を押し倒しちゃうし、鹿島が嫌がらなければそのまま続けるよ。勃っちゃったもんはしょうがねぇし。せっかく鹿島本人とヤれるならヤってから帰ったほうが一石二鳥だろ?」

「……ですよね!」

何の意味なのか鹿島の打つ相槌はスルーして、堀はだいぶ回ってきた酔いの勢いのまま続ける。

「さっき鹿島も言ってたとおり俺も鹿島と色々変態なことしちゃったからさ、正直、野崎達を咎める資格が俺にねぇんだよ。だからお前らがどうしようが好きにしろって言いたいんだけどさ、瀬尾だって若松と好き勝手やってるのになんで野崎にだけ怒ってんのかと思ったし理不尽だとも思うけど、冷静に考えてみたら、俺もわからなくはないと思ったわけ。だってさ、佐倉っていつも一生懸命じゃん?お前に気持ち気づいてもらえなくても野崎マニアずっとやってたしさ、ベタ塗りも背景構図資料集めも台詞読み合わせも手伝ってくれるしさ。その点、鹿島も瀬尾もどっかいい加減っつうか、こいつらはブチギレたら俺や若松が嫌がっても好きなようにすると思うんだよ。でも佐倉ってもしお前に不満あってもキレたり怒ったりしないだろ。だから瀬尾が代わりにお前に説教してたんじゃねぇの?」

言い終えてから、
(……あれ、これって俺の言いすぎか?)と思ったが、堀はさらにビールを飲んでその感情をごまかした。

野崎は黙って聞いていたが、やがてぽつりと言う。

「……佐倉は怒る時はすごく怒りますよ。口に出さないで、背中とか空気で怒ってるってわかるからすごい怖いんですけど。顔も笑顔ですし」

「……なにそれ怖い」

思わず呟いたのは鹿島のほうだった。
堀は少しだけ目を瞠ってから、こつこつと指先で空になったグラスを叩く。

「え、なにそれ、どういう時なの?千代ちゃんどういう時に怒るの?」

「いや、理由は一定しないんだ。俺も何故だかわからん時のほうが多い。だから、そういう怒りの空気さえ出てなければ、大体は大丈夫だと思って……。」

「へ~……」

暖房が聞いている店の中で鹿島は少し震えてから、堀へとぴたりと寄り添う。

「先輩、千代ちゃんの怒ったとこ見たことあります?」

「佐倉の怒った所、ねぇ……」

鹿島に聞かれて、堀も考えて首を捻ってから、もう遠くなった記憶を引っ張り出す。

「……そういえば、いつだっけか。お前の家にさ、都ゆかりさんて少女漫画家が来て、締切りを過ぎそうなお前の原稿を手伝ってくれたじゃん。やっぱ本業だけあってその都さんが背景もベタも上手くてさ、俺も感心して見てたんだけど、そん時にキッチンで全員分の飲み物用意してた佐倉の背中がさ、本当に少しだけなんだけど、怖いっつうか、その周りの空気が冷えてたっつうか……。でも佐倉は都さんとも仲良かったし、にこにこ喋ってたから気のせいかと思ってたんだけど……」

「堀先輩。それです。間違いなくそれ」

即答した野崎に堀も合点がいったように自分の拳で自分の手を叩いた。

「あ、やっぱそれか。だよな。要は、佐倉は都さんに嫉妬してたんだろ?」

「嫉妬……なんですかね。口に出して言われたことないんですが……」

「いやでもお前、背中とか空気ではわかるんだろ?それしか理由ないじゃん。大方、お前を困らせないように黙ってるだけなんじゃね?」

「……なるほど」

「まあ、確かにいつも明るく笑う佐倉が背中だけで怒るのは怖いよな……。俺もそん時しか見なかったけど」

「うーん……千代ちゃんが背中で怒る、ねぇ……私、見たことないですよ先輩」

「鹿島に対しては怒る内容が無いんだろ。だって、怒るのって全部野崎絡みになるはずだからさ」

「あーそっか。じゃあやっぱ全部野崎悪いってことで今日はもう結論でいいじゃないですか!」

「……鹿島、お前もう眠いだけだろ。無理しないでそのへんで寝てろよ」

「……ふぁーい」

鋭く指摘され、鹿島は欠伸をしてから堀の膝に頭をのせてソファーへ横になる。
堀も彼女を押しのけず、そのままにさせた。
せっかく結婚が決まった日くらいは優しくしてやろうと思ったからだ。

「えーと、なんだっけか。野崎が全部悪い……じゃなくて、ああもう俺も眠いわ」

「堀先輩も眠っていいですよ。時間来たら俺が皆起こしますから」

このルームは朝の7時まで借りられる。
まだかろうじて酔い潰れていない野崎は親切にも堀へと言った。

「……いや、いいわ。たぶん俺が寝たら、先に起きてきた瀬尾と若松に何されるかわからん……。」

瀬尾若松コンビが最強だと思い知ってしまった堀は、すやすやとあどけない寝顔で眠る彼らを苦い顔で見てから、眠気を覚ます意味でも胸元のポケットから煙草を取り出して火をつける。

ひとしきり煙をふかして、天井を見て考えてから、急に思いついたように堀は言った。

「……あ、わかった。野崎さ、お前も佐倉に言いたいことあんじゃねぇの?怒ってるとか、そういうのじゃなくてさ。なんかこう、本人には言えない内容で。」

「…………………」

野崎は答えなかったが、最後のビールの空瓶を綺麗にテーブルへと並べてから、
力が抜けたようにソファーへ深く座り込む。

「堀先輩ってけっこう鋭いですよね。俺、見直しました。ごめんなさい。あと俺が千代に言いたかったのは……」

「言いたかったのは?」

「……俺のこと、どう思ってるんでしょうか」

「………は?」

「好きだって言われても、実感わかないんですよ」

「……いやいや待てよ、お前。お前らとっくに告白し合ったろ?今もほとんど一緒に住んでるんだろ?なんでそれで実感わかないんだよ」

堀だって鹿島と同棲してはいなかった。鹿島が大学に入ってから両方とも一人暮らしとなったが鹿島の通う大学と堀の勤務先が遠いのもあって合理性を優先させていた。

「……さあ」

呟いて、目を閉じてしまった野崎とその言葉に、苛立ちがわいた堀は野崎の肩を掴んで揺り起こす。

「さあ、じゃねぇよ!あとお前、まだ寝るな!俺との話が終わってないから!」

「……あ、はい」

素直に起きた野崎は目をこする。
そうして、何気なく鹿島が堀の膝枕で穏やかな寝息を立てているのを見て、言った。

「……千代も、鹿島みたいだったらよかったですよね」

「え!?」

「いや変な意味じゃなくて。俺、鹿島に特別な気持ちありませんから。そうじゃなくて……千代は、俺に甘えることを遠慮するんです。それが嫌なのに、『もっと甘えてくれ』と言うと、余計に千代が俺に遠慮するという悪循環が止まらなくて……」

「………なんだそりゃ。お前らそんなによそよそしかったっけか?」

三年程前から堀は野崎の漫画のアシスタントへは行っていない。
だからこうして飲み会か遊ぶ時ぐらいしか顔を合わさなくなったので、野崎の家で佐倉がベタを塗る光景は三年前までの記憶しかない。

「いや、よそよそしくは無いんですけど。仲良いですし。そうじゃなくて……あ、さっき堀先輩も言ってたじゃないですか。千代が都さんに嫉妬していたって。それだって俺に直接言って欲しいのに、どうして言ってくれないんでしょうか。俺を困らせたくないのも分かりますけど、なんかいつもそうして遠慮されてしまうと、どうしても言わせたくなってきて、なんとしても俺に甘えてくるようにならないかと考えていたら、とりあえずムラムラしてきて、そうして千代を押し倒すと、すごくイイ顔をするんですね。イイ顔っていうのは説明が難しいんですが、嫌がってるのに嫌がってない、恥ずかしいのにもっと恥ずかしいことをされたがっているような、そんな、見てるとすごく背筋がゾクゾクしてくる、あの顔は千代にしかできないと思うんです。それで色々追求してたらつい止まらなくなってしまって……」

「…………お前……」

堀も返す言葉がなかった。野崎への印象が上がる下がるの問題ではなかった。
一言で言うなら、堀に負けない野崎の変態さがはっきりと理解できて、さらに堀も同じ人種であるがゆえに返す言葉が見つけようがなかった。

「あ、でもちゃんと明らかに嫌がって怒ってる時はやめますよ。千代もさっきああして言ってましたけど、ツンデレなのかデレツンなのか難しいのが混ざるので、俺も判断が難しいんですよね……。逆にああして言ってくれるってことは、本気の怒りとは遠いんじゃないかと思いたいんですが……。堀先輩はどう思います?」

「………いやごめん。俺も難しくてわからん。つうか佐倉ってそんなにややこしい女だっけか……」

「千代はややこしくはないですけど、俺に対する時だけ、はっきりと性格が分かれてるんです。それに振り回されるのが楽しいんですが、やっぱり俺としては、ツンデレでもデレツンでもいいから、もっと甘えて欲しいというか……」

「え?あ、うん……いや、ちょっと待て。その『性格が分かれてる』ってなんだ?」

戻った話題に、堀が相槌を打ちつつ、さり気なく流されそうだった言葉を拾い上げて突っ込む。

「なんて言ったらいいのか……こう、俺を嫌いではないと思うんですが、例えるなら、御子柴と一緒に話している時の千代のほうが俺といるより楽しそうに見える、というか、でもそれは俺も御子柴を良い友人だと思ってますからわかるんですけど、他にも、さっきの都さんとだって今も仲良いですし、時折俺にはわからない話をしてて、あとで聞いても教えてくれなかったり、あといつだったかは俺とのデートよりも瀬尾と鹿島と遊ぶほうを優先させてましたよ。まあ俺はいつも一緒だからいいんですけど、それから、若松とも仲良いですよね。瀬尾と若松と千代の三人で遊びに行ってるの見たときはさすがに俺もその輪に入れてほしいと思ったんですが。それから大体は俺の話を一生懸命聞いてくれるんですが、時々、魂が抜けたようにまったく聞いてくれない日があって、疲れてるのかと思って放っておくと、突然バリバリとベタ塗り出すし、よくわからないですね。あと、その、要はベッドでの千代なんですけど、」

「え、ええ!?そこまで言うのか!?」

「あ、大丈夫です。そんな露骨な話じゃないんで。そうじゃなくて、さっきフェラが嫌だって言ってたじゃないですか。あれって本当にそうなんでしょうか。俺から見ていると、すごく楽しそうにやってくれる時のほうが多いんですよ。顎が疲れるのは分かりますけど、俺が無理矢理強要しただけじゃないんだってのは、どう説明したらいいのか……」

「……いや、普通に露骨だろ。あとお前いつまで惚気(のろけ)る気なんだよ……」

「え?これってノロケですか?」

「……自覚無しって怖いなほんとに。じゃあ聞くけど、野崎は俺と鹿島がどんな風にセックスしているのか詳しく聞きたいのか?」

「……いえ、全然。」

「お前、本当にはっきり言うな……。つまり、そういうことだ。わかったろ。
あとさ、聞いてて思ったんだけど、つまり佐倉はお前に冷たくしている時が佐倉がお前に甘えている時なんじゃないのか。それってつまり気を許してるってことだろ?」

「…………は?」

「いやだからさ、例えば瀬尾が若松をイジめるとするだろ。性的にでもそうじゃないとしてもさ。それだって、瀬尾はそうしても若松から嫌われないって知っててわかってて、嫌われないだろう範囲内でやってると思うんだよ。……まあ傍から見てるとそうは見えないけどな。あと俺が鹿島に遠慮ないのだって同じだし。まあでも鹿島も若松もかなりM(マゾ)が入ってるから、こいつら参考にすると分かり辛いんだが……。
つまり簡単に言うと、佐倉はお前に対してS(サド)な時とM(マゾ)な時のスイッチの切り替えがあって、それがすっげーお前から見たら分かり辛いってことだ。多分俺だって実際やられたらわからないだろうから、お前が鈍いとか無神経とかそういうのとはそれはまた違うんだよ」

「え……あ、はい……?」

心理学を学んでいないとわからないような内容に、専門外の野崎は、自分自身のことであることも相まって、堀の丁寧な説明がすぐには理解できないようだった。
混乱した様子で首を捻っている野崎に、堀はさらに言葉を重ねる。

「だからもっと簡単に言うと、さっき俺が言った、『佐倉がお前に冷たくしてる時がお前に甘えてる時なんだ』ってこと。佐倉がS(サド)を発揮するのがもしも野崎に対してだけなんだとしたら、お前は佐倉からすごく気を許されてるってことだろ?」

「……そ、そうなんですか?」

「俺も、佐倉はお前に対してはM(マゾ)なほうが多いと思ってたし、周りもそう思ってるし、お前自身はSもMも考えてなかっただろうけど、もしも佐倉本人もそれを無意識にやってるとしたら、これに関して佐倉に言っても無駄だから直接言わないほうがいい。その前に、お前についてだけど、これは言うまでもなく、お前は佐倉に対してSなんじゃなくて、ほとんどMをやってる。お前、自覚してなかったろ?」

「え、ええ……俺、Mなんですか?」

「ああ。しかも佐倉限定でだ。誰に対してもそうってわけじゃないから誤解するなよ。それで話を進めるけど、つまり、お前のS不足だ。お前がMだけじゃなくてSも発揮させれば、佐倉のややこしさとのバランスが取れてくるんじゃないのか」

「………………す、すいません。堀先輩、こんなに説明してくれたのに、俺がよくわかってないんですが……」

既に両者とも眠気が吹っ飛んでいたが、野崎はいまだにわからないように首を振った。
堀は二本目の煙草に火をつけ、煙を吸って吐いてから、気持ち良さそうに眠る鹿島の頭に手をのせて、呟く。

「……まあ、SとかMとかってのは無意識にやってることが多いからな。無理もねぇよ。俺と鹿島ははっきり役割分担できてるし、若松と瀬尾もそうだから、お前らと比べるにはちょっと極端な例になっちゃうんだよな。もっと普通なカップルが身近にいればよかったんだが……。」

「そうですね……」

暫く二人で途方にくれて、堀が三本目の煙草に火をつけてから、突然、ポンと軽く拳で自分の手のひらを叩く。

「そうだ。わかった。だからさ、逆やればいいんだよ。逆を!」

「ぎゃ、逆ですか?何を??」

「お前が佐倉に甘えて欲しい時は、お前が佐倉に甘えればいいわけ。もし膝枕したいって言って欲しいのなら、お前が佐倉に『膝枕させてくれ』って言えばいいんだよ。そうすれば上手く行くから!」

「え、ええ?そ、そうですか?」

「いいからやってみろって。佐倉もお前から甘えられたかったから、多少無茶なセックスでも受け入れてたんだろ。お前も性欲に頼ってないでさ、もっと普通の行動で佐倉に甘えればいいんだよ。それが出来てないから、お前ら二人でわけわからんことしてるの」

「……あ、は、はい。すいません」

よくわからないながらも少しだけわかってきたのか、野崎は思わず堀に謝った。
自分と佐倉とのことについて、これだけ熱を入れて説明させていることに少し胸が痛んできたからだ。

「わけわからんのが野崎だけならいいけどさ、佐倉もそうなってたから、俺達からしても分かり辛かったんだよ。お前らは本人だからもっとわからないだろ?とにかく、深く考えなくていいから、セックス以外の普通の内容で佐倉に甘えとけ。そうしたら向こうからもわざわざ冷たくしたりするようなツンデレ方式じゃなくて、普通にデレで甘えてくるようになるから。」

「は、はい。わかりました。やってみます!」

「おう。頑張れよ。それから御子柴だけどさ、佐倉が野崎より御子柴に心許してるのは、無理もないと思うから、佐倉を責めるなよ。つうかむしろお前もそうだったりするんだろ?」

「え、御子柴、ですか?どうして?」

わかりやすくなった堀のアドバイスとそのよくわからない説得力に押されて、野崎が拳を握って答えると、堀が突然この場にはいない彼の名前を言って、さらに決め付けで野崎に確認を取ると、野崎は驚愕で目を見開く。

「いや、だってさ、お泊り会で御子柴も一緒なんだろ?佐倉も泊まるのに。そん時までお前らがヤってるとは俺も思ってないけどさ、お前らどんだけ御子柴好きなんだよ。カップルとしての時間より、御子柴も一緒の三人の時間のほうが好きなんだろ?」

「…………あ」

「『あ』、じゃねぇよ!今気づいたのかよ!……まあ御子柴もかなり変わった奴だから、仕方ないのか……。でももう三人で泊まるのは止めとけよ。御子柴だって言えばさすがにわかるだろ。お前ら夫婦になるんだから、余計な火種は持ち込まないほうがいいぜ?」

「……それは、どういう意味ですか?」

「え、わかんねぇの?」

「いや、わかるんですけど、でも千代と御子柴に限ってそんなことあるわけないじゃないですか」

「俺もそんなんわかってるよ。そうじゃないって。佐倉と御子柴が浮気するって意味じゃないんだよ。そうじゃなくて、お前らが仲良いのはわかるけど、どうしたって御子柴だって男だし、佐倉も女だろ。そしてお前が男だ。絶対に何も起きないってわかってても、そういう状況をお前が許容してること自体が問題なんだよ。それじゃお前は御子柴に佐倉を寝取られても平気なのか?絶対にそんなの起きないって信じてて、もし起きたら平静でいられんの?」

「……それは………」

「絶対にお前、怒るだろ?佐倉も御子柴も信じられなくなるだろ?だから佐倉も御子柴も絶対にそんなことはしない。そういうお前を知ってるからだし、あの二人の間に恋愛感情はないからだ。だったらお前のほうからそれを断ち切れよ。なあなあの友情関係だけじゃないから、三人で一緒にいると楽しいんだろ?それは何も悪いことじゃないけどさ、お前までなあなあにしてたら、佐倉の夫として失格じゃないのか?」

「……………………」

「俺が言い過ぎなのはわかってるよ。でもしゃーないだろ。誰も言わねぇんだから」

「……わかりました。御子柴を家に泊めるのはもう止めます。俺が御子柴と千代に無神経だったんですね。」

「ちゃんとわかってるじゃん……」

悪役まで演じたのに、意味がわかって承諾してくれた野崎に、堀は体から力が抜けていくのを感じていた。
カツン、カツンと、点きが悪いライターと格闘しながら、
寝返りを打って、顔を堀の腹側に向けた鹿島の寝顔に見とれつつ、やっと点いた火で何本目か忘れた煙草を吸い、煙を吐いた。

「……つうか、なんで俺たちこんな話してるんだろな。鹿島も瀬尾も若松も寝てるのにさ……。」

疲れ切った堀がぼやくと、野崎は酔い覚ましなのか水を飲みつつ、同意する。

「……瀬尾が開いた反省会でしたけど、本人達寝てますよね。まあ俺の問題だったから、いいですけど」

喧嘩ばかりの瀬尾若松カップルは反省会がなく、なぜ野崎佐倉カップルが佐倉不在で堀指導の下の反省会となったのかは野崎達も頭では理解できていたが、起きていたときの彼らの横暴っぷりはどこへやら、天使のような寝顔で寝ている瀬尾若松を見ると、さすがに釈然としないものが残るのは無理もなかった。
だが今起こしたところで彼らの横暴ワールドが再開されるだけなので、起こすという選
択肢は絶対にない。

暫く沈黙が落ちたあと、『うーん』と寝返りをうった鹿島が目をこすって、堀の膝から体を起こす。

「……先輩と野崎、話終わったんですかぁ?なんか、逆に静かになると、起きちゃうことってあるんですね~。ふぁ~あ」

「わりぃ、煩かったか?」

「いや、大丈夫です。話全然聞いてなかったですし」

「……そ、そうか」

「あ、そうだ」

聞かれても困る内容なので堀が内心で安堵の息を吐いてると、
鹿島が突然思い出したように自分のバッグに手を突っ込んだ。

「先輩、これ。私たち、忘れてましたよ」

そして取り出した細長い封筒のようなものを見せられて、堀も声を上げる。

「ああ!」

「せんせいと若松くんも起こします?」

「いや止めとこうぜ、せっかく寝てるんだしさ……。ほら、野崎これ、開けてみろよ」

鹿島から堀に手渡された封筒を、堀は野崎へと渡した。

「なんですか、これ?」

「いいから開けろって。本当は佐倉も一緒の時がよかったんだが、どうせあとで見るんだし一緒だよな」

「そうですよ!」

首を傾げた野崎が封筒の封を開けると、中から旅行チケットが出てくる。

「……沖縄行き?」

「佐倉とお前の新婚旅行だよ。さっきの飲み会で渡すの忘れてたんだけど、瀬尾と若松と俺と鹿島で用意した結婚祝いだから。」

「……ええええ!?」

驚いて声をあげる野崎に、鹿島が嬉しそうに言う。

「そのプレゼントにするって言い出したのはせんせいだからね~。あとでお礼言わないと駄目だよ、野崎!」

「瀬尾が……」

どう喜んだらいいか戸惑う野崎に、堀も言う。

「俺も驚いたけどさ、せっかくだしなんか祝ったほうがいいもんな。つうか次は俺らの番なんだよな。期待してるからな、野崎!」

「あ、は、はい。それはもちろん、ちゃんとお祝いしますよ!」

基本的に律儀な野崎がそう約束すると、鹿島は満足げな顔をして頷いた。

「うんうん。あーやっぱ結婚するっていいですね、先輩!それに持つべきものは友って言うし、私、この6人で集まるの好きですよ!今、千代ちゃんいないけど!あ、あと御子柴も置いてきちゃったんでしたね。せんせいの相手は若松くんで決まりだけど、御子柴は誰と結婚するのかな~……」

この場にいない佐倉と御子柴を思い浮かべてから、誰も口にしないその話題で腕を組んで悩み出した鹿島に、堀と野崎も重い表情を浮かべてから、さり気なくフォローの言葉を口にする。

「ま、まあ御子柴ももう就職するんだし、なんか出会いとかあるだろ。あいつなら大丈夫だって。基本的には女からモテモテなんだからさ……」

「で、ですよね。ただ御子柴が女の子に慣れないだけで……」

「鹿島と佐倉は平気なのになぁ……」

「本当に、なんで千代と鹿島は平気なんでしょうね……あ」

そこで急に野崎と堀は気づいたように互いに顔を見合わせた。

「まさか……」

「俺の奥さんだからでしょうか?」
「俺の奥さんだからか?」

声をハモらせてから、堀が言い繕うように言葉を続ける。

「いや待て、そうじゃなくてさ……俺らみたいのと結婚するような女だから、御子柴も平気ってことじゃね?」

「なるほど。……いや、なんかそれって俺達がすごく変みたいじゃないですか?千代だってあんなに可愛らしいのに」

「いや別に佐倉と鹿島が女らしくないって意味じゃないぞ。お前はともかく、俺だってそこまでおかしい男じゃないし……」

「いやいや待ってください。なんで何気に堀先輩だけフォローされてんですか。俺もそんなにおかしくないですよ」

「いや、お前はおかしいだろ。絶対に普通じゃないって」

「それ言うなら堀先輩は足フェチじゃないですか!」

「お前がそれ言い出したらキリがないだろ。お前は何フェチなんだよ。つうかいくつのフェチがあるんだよ。佐倉にいろいろやらせてただろが」

「それは……いや別に特定部位へのこだわりはないんですけど。千代の顔見てると、難易度高いものほどやってみてほしくなるでしょう!?」

「いや、ならねぇよ!あんな小さくて稚い佐倉に、そこまでしようとは普通なら思わないね!」

「いや、なりますよ!堀先輩は千代のことを分かってないだけです!」

「お前だって鹿島がそういう時にどんだけ可愛いか知らないだろ!」

「見たことないから知るわけないじゃないですか!」


「……あのさぁ、なんで堀先輩と野崎が喧嘩してんの。あと、なんか私と千代ちゃんについて勝手に言ってるけどさぁ、もう、せんせい(結月)起きてるよ?」

「…………え」

呆れ果てた鹿島がついに口を挟んでその事実を告げると、堀と野崎は同時に硬直してから、向かいのソファーへとぎこちなく顔を向ける。

すると、すでに起きていた瀬尾結月がにっこりと笑って、こちらへ向けて手を振った。

「おはよう、野崎。堀先輩。あとさ、もしかして野崎、ぜんぜん反省してなくね?」

「……い、いや、そんなことないって!なあ野崎!?」

先程までの会話をなんとか時空空間の彼方へ葬り去ろうと堀が野崎へ同意を求めると、野崎もぶんぶんと首を縦に振る。

「そ、そんなことないから、瀬尾!俺はすごく反省してるから!!」

「あ、そーお?だったらいいんだけどさ、次の反省会の日取り、もう決めとく?」

「いやいいから、反省会はもういいから!それよりもうすぐ7時だし、若松も起こして、店を出よう!な!?」

「あ、もうそんな時間なの?じゃ、続きは次の反省会ね。おい、若、起きろって」

瀬尾以外の誰もやりたがっていない反省会第二回開催決定を決めてから、瀬尾は若松の体を遠慮なく揺さぶった。

「……ふぁ?……あ、瀬尾先輩、もう朝ですか?」

「朝だよ。あと、次の反省会は沖縄に決まったから、若松も出ろよ」

「……ちょっと待った。なんで沖縄なんだ!?」

その地名に野崎が敏感に反応すると、瀬尾はあっさりと答えた。

「だって、野崎と千代が行く日に私達も沖縄行きのチケット取ったからさ。知らなかった?」

「えええ!?せんせい、いつの間に!?」

「反省会やるから、お前らも来いよ。今からでも鹿島達の分もチケット取れるだろ?」

「……そうだ!そうしましょう堀先輩!それを私たちの新婚旅行にすれば、全て丸く収まりますよ!!」

「え、あ、そう……か?」

「いやいや丸く収まってないですよ!俺と千代との水入らずの新婚旅行なのに!!」

野崎が悲痛に叫ぶと、瀬尾はにやにやと笑って、まだ寝ぼけて目を擦っている若松に水を渡してから立ち上がる。

「ふふん。甘いね野崎。そんな美味しいシチュエーションを、そんな簡単に味わえると思ってるのが、まだまだ甘い!」

「瀬尾、お前は俺に何の恨みがあるんだ!?さっきも今も、俺のこと本当は大嫌いだろう!?」

「ああん?当たり前じゃん、そんなの。野崎だって私のこと嫌いだろうしさ、それに野崎はさ……」

「……の、野崎は?その続きはなんなの、せんせい(結月)……?」

鹿島が恐る恐る先を促すと、その場の全員がごくりと息を飲む。

「野崎はさ、私が密かに嫁にしたいと思ってた千代を、まんまとお前の嫁にしちゃったんだから、私が怒るのも無理ないだろ?だって、私の獲物を横取りしたんだから」

「……いやいや待て待て!瀬尾も女で千代も女だから!結婚は無理!わかるか!?」

「いーや、わかんないね。だから、野崎はずっと私に恨まれる運命なわけ。理解できたでしょ?」

「……………………」

言葉を失った野崎に、瀬尾はぽんと手を打ってから、最後に付け加えた。

「あ、あと、ロリコンだからってのも理由に入れといて」

「……………………………」

もはや声を発さず、ソファーに項垂れてしまった野崎に、堀が同情の視線を送っていると、堀との新婚旅行が決まったことに喜ぶ鹿島は瀬尾と先に部屋を出て行き、こう言った。

「いやーやっぱ持つべきものは『友』、だよねせんせい!私、先輩と遠くへ行くの初めてだよ!」

「あ、そうなの?じゃあよかったじゃん」

その妻の『友』によって、これから波乱になるであろう野崎の先行きを深く心配しつつも、堀は、部屋から出ずに入口で野崎と堀を待っている若松を見てから、ぽんと野崎の肩へ手を置く。

「野崎、もう諦めろ。佐倉も一緒ならなんとかなるだろうからさ。……たぶん」

「そ、そうですよ!佐倉先輩がいれば、瀬尾先輩も無茶しませんから!……たぶん」

先行き真っ暗になりそうな野崎の未来(主に沖縄旅行について)に希望の光りを見出してもらおうとその名を出すが、拭い切れなかった不安に二人が最後に目を逸らして呟くと、野崎は落ち込むままに半ば八つ当たりをこめて彼らへと返した。

「………慰める気あるんですか?」

『それはもちろん!』『当たり前だろ!俺たちの仲じゃん!』と言い募る彼らの声を聞きつつ、野崎は心の底から早く家に帰って千代の顔を見てその体を抱きしめて眠りたいと思いながら、今日起きた瀬尾関係の事柄は全て綺麗に記憶の彼方へ葬り去ろうと固く心に誓った。

……そのポケットに忍ばせた彼らからの結婚祝いだけは、千代へ見せて、その喜ぶ顔を見たいと正直に思いながら――。
2014/10/25(04:01) | Comment:0 | TrackBack:0
Secret

TrackBackURL
→http://piyozzz.blog.fc2.com/tb.php/243-bb2d52b1